伝統の菊作り

 私は、菊作りの伝統にはいろいろな意味があるんだとしりました。
初めの方にわき芽を切る時は、とてもわき芽を、切る気持ちには、なれませんでした。なぜならほかのわき芽も菊の体の一部なのにきらなくては、ならないなんて、と思ったからです。つぼみが、大きくなってからとてもうれしかったです。土の準備などを私たちの知らない所でやっていただいたことを最後の総合でわかりました。台風の時は、私たちの知らない所でビニールでたおれないようにしてくれたことは、今まで知りませんでした。黒岩先生は、出張だったのに心配して菊のために学校にもどってきてくれたことを知った時は、とても私たちは、いろいろな人たちに、ささえられていたんだと思いました。そして菊もささえられているんだとおもいました。          菊を地域に展示しに行く時とても重かったです。一つの菊の花びらに誰かが当たって一部がとっても花びらが落ちてしまってとても残念でした。私たちは、セブンイレブンに菊の展示に行きました。菊をかざるときにさっきの菊の花びらが、なくなっているのを見てとても悲しくなりました。なぜなら、せっかくがんばって育てた菊なのに一瞬のあいだに、何十日も、かけてさいた菊の花びらが落ちてしまったことの悲しさが心の中でこみ上げてきました。私は、この時、一つ一つの命がとても大切だと思いました。一つ一つの花びらには、命がちゃんとあって一生けん命生きているんだと思いました。菊をセブンイレブンに引き取りにいって店長さんが一人のお客さんが、「きれいだね、がんばって育てたんだね。」といってあっそうです。私は、菊を見た人が喜んでくれてとてもうれしかったです。
 そして私は、菊から命の大切さを実感しました。私は、菊を切るときに、次の命のために命をたたなければいけない菊がとても残念でした。私は、菊を育てれてとてもよかったです。そしてこの経験をの次の6年生にもこれから先もずっとつづけてほしいです。菊をそだてれてよかったです。

A.M